[琵琶読本] 流石に延寿太夫

 清元の延寿太夫がある日某大家にご祝事があるので演奏依頼を受けてその邸へ出かけた。ところがどうぞこちらへと案内されるままに座敷へ通ったが座布団がない、座敷にはその一族がずらりと並んで座っている。延寿はその座敷に突っ立ったまま「私はどこに座るのです?」と尋ねた。すると「ここです」と言う。「座布団は?」と言ったところ三太夫が「当家では芸人には一切座布団はださない家風でして」と言ったので「ここが天下の何某ならば私も天下の延寿である、そんな失礼な家では演奏しない」と畳を蹴って帰ったそうだ。私はこの話を聞いて秋晴れの空を眺めるような気持ちになった。

 それから私の友人の話だが、その友人の知り合いの人が延寿氏のところへ清元を教えてくれと頼みに行った。ところが延寿氏はその男に学歴を訊いて男は中学四年ほどと答えた。すると「昔は単に声と節で間に合ったが現代はそうはいかない、もっと学問して曲中の事柄を理解できるようになってから来なさい、まあ大学でも卒業してからにしなさい」と言って断ったそうだ。

 これは若い男の将来を思ってそんなことを言ったのか、又は事実延寿氏がその見解を持っていたのかは分からないが、もし若者の将来を考えての苦言であれば実に見上げたものだ。また本心ならばやはりずば抜けていると思う。いずれにせよさすがは延寿太夫である、尊敬すべき人である。

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自ら卑しむれば人之を卑しむ

清元の歴史[清元協会ウェブサイト]

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