[琵琶読本] 自掲自戒

以前に雑誌現代が「名人達人秘伝公開」という欄を設けて、私にも是非公開せよとの話に仕方なく私は私の戒を書いて送った。それがこの「自掲自戒」である。それを今再び載せることにしたがもちろん私は道程にある者で、名人でも達人でもない。ただ諸君と共に修養したい希望から参考としてお目にかけるのである。

一、われらは陛下の赤子である、華族といえどもペコツク必要はない、平民といえども蔑視する必要はない。
二、君の恩、親の恩、知己の情を片時も忘れるな。
三、芸術に境界はない、閥族に迎合して閥外を排する醜を抹殺せよ。
四、模倣に捉われると人間の蓄音機になる。我見に執すると動物と同程度になる、常に自己を第三者の地位に捉えて自己の芸を冷静に直視批判しなければならない。
五、真剣に弾奏せよ、一撥の音色に千万無量の妙味がある、末技に自惚れず、琵琶の音色の見えるまでやれ。
六、琵琶は徒食の遊民の玩弄物にあらず、市井の芸人の道具でもない。治国の大本たる礼楽である。時勢を理解し世を治め風を正しくする大覚悟を把持し自ら欺かず勇往邁進せよ、かの貧弱にて俗悪なる琵琶芸人根性に成り下がって迎合妥協などは絶対に禁物である。外道にかぶれずどこまでも純真なる芸術家の心を以て心とせよ。
七、因習を打破せよ、伝統の重荷を盲従的に背負うなかれ、しかして歴史を数えず歴史を作れ。
八、批判者の言を無条件で受け入れるのは無智である。
九、平面的に進むと堕落の渦巻に吸い込まれる、立体的に進めその立体も広凡なる地域に高く ーピラミッド式にー
十、慢心の馬に乗ると必ず見当を誤る、己に毫厘の差あるときはその到着点は天地の差を生じ、結局は落伍者の群に流れ込む。
十一、いたずらに年数の古いのを誇ることは恥ずべき囈言である、しかし新しいものが必ず正しいとするのも又恥ずべき囈言である。新古を捨てて真の妙味を得られる。
十二、通俗化と民衆化とを取り違える醜態に陥るな。
十三、努力なしには天才はできない、天才と称される者には凡才の企て及ばない努力がある、自惚れの強い人は単に小手先の器用を以て万事終わりとしているが大いなる謬見である。
十四、真の名人の芸は素人にも玄人にも感動を与える。かの素人向けだの玄人向けだのといって納まっているのは未だその域には甚だしい距離がある。
十五、一厘新聞や三門雑誌の人気投票に付いて躍るな。
十六、無理に暇を拵えてでも書を読み、識者を尋ね品性の向上に努力せよ。また日常の茶飯事といえども心を用いていれば皆好個の修養材料である。
十七、芸術に携わる者はどこまでも芸術を以て正々堂々と戦うべし、かの奸悪なる権謀術策を弄するのは卑劣である。しかし正直にやることが世渡りの辞書に「馬鹿の行動」と出ていれば僕は馬鹿に甘んじていよう。
十八、歌中の人物を理解するだけの頭のない者が、迎合的な節回しを用いて得々と歌っているのは壊れた蓄音機を聴くよりなお不愉快である。しかそれが私にとっては立派な手本である。
十九、生活の伴わない芸術の行く先は滅亡の墓場である、生活を目的とした芸術も五十歩百歩である。生命を目的としてそして生活の伴うのが尊い。
二十、英雄偉人の着物を盗んで君子聖人の仮声を使うな、真面目に自己を育てよ。
二十一、反省し、反省に反省を重ねて自己否定まで行け、そしてそこで弾ね返って新しく踏み出せよ

編者註) 本項のみ単語の注釈はつけません。

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