[琵琶読本] 琵琶の材料

 琵琶の材料は昔から「一桑クワ、二桜サクラ、三欅ケヤキ」と言い伝えている。これは実検からでた言葉で私も過去の実検からこの説は肯定する。私はまだ学生時代から今日までに約数千面に登る数の琵琶を作った。それも一面一面研究しながら作ったのだが、生来の愚鈍のためか或いは腕が足りないためか、欅材の琵琶は失敗であった。

欅材の琵琶
 欅材の琵琶は、自分で弾いていて騒々しいくらいに鳴っても、他から聴くとさほどに鳴ってはいないしハッキリともしない。聴いていて落ち着かない、また妙味に乏しく気品に欠けた音である。私は自分の耳が肥えて来るほどこの感を深くする。しかし、こうした音ほど素人に歓迎されるし、また作り易くもある。それが為に常に世間で絶え間なく作られ、買われている。あるいは欅材の琵琶で佳いものを作る人もあるだろうが、私は不幸にして未だに見たことがない。

桑材の琵琶
 桑材で作った琵琶は音がはっきりしている。もちろんハッキリしている以上雑音は入っていない、もし雑音が入っていればそれは作り方が拙いか、作る時に手数を省いたかよくよく悪い桑を用いたかに違いない、それから桑材の琵琶の音は丸い。

桜材の琵琶
 桜材で作った琵琶の音は、ハッキリしているが堅い、丸くはない。これを丸い音の出るように作るのは作者の腕次第である。普通の考えでなんら考慮せず作るとキンキンと金属性の音がする。桑、桜、欅を通じて、あるいは他の材料でも金属性の音のする琵琶は佳い品ではないのだ。
 桜材の琵琶の欠点としては、新しいうちは湿気を呼びやすいから雨天の時に困る。しかし古く使い込めばこの欠点はある程度収まる。

材の併用
 桑材と桜材とを併用した琵琶は、音としては佳良の部に属する。もちろん総桑にして、丁寧に作ったのが王座を占める事は分かりきった事ではあるが、桜に桑の腹板を貼った物で調節良く出来た琵琶は、桑の持ち前の丸い音と桜特有の堅さとが渾然と融和して余韻に力のあるなかなか棄てがたい趣のあるものが出来る。この点は欅に桑を貼ったものより勝ること満々であるがちょっと作り難い。欅に桜を貼って素人受けするものの方がはるかに作りやすい。

 けれども、桑といっても幾通りもの種類がある。曰く島桑(伊豆の三宅島御蔵島産)、薩摩桑、作州桑、支那桑、北海道桑、地桑などあるが、そのうちでは島桑が第一等である。薩摩桑も佳いが、これは美術的でないのが欠点なのと、質が不揃いで馬鹿に佳いのと、大変悪いのとがある。佳いのを得られれば結構なものが出来る。上記の二種は御免被りたい。

 その他に近頃は九州の島桑というのがだいぶん用いられるが感心しない。しかし外観の美がちょっと人目を眩惑(※1)させるからご注意を。

※1) 眩惑(げんわく) 目がくらんで正しい判断ができなくなること

 地桑と称するものは内地産のもので、東京辺りでは多く新潟県、福島県、群馬県などから入荷するが木質に島桑や薩摩桑ほどのしまりがない。そして耐久力にも乏しい。撥面など古くなるとボロボロ表面が剥落するし、鶴首が弱い為に調子に狂いがでる。それから木そのものに味も品もない。

その他の材
 口上列記した他は「キワダ」、「栃トチ」、「朴ホウ」、「桂カツラ」などを用いることがあるが、これは僅かに稽古用としてのもので、音の上から批判すると全然価値のないものと言ってよい。
 その他稀に「槐エンジュ」で作ることがある。槐では私も作ったが一回も失敗したことがなかった。槐材は佳いのだが滅多に佳い材料がない。これも島桑と同一産地で出来たのが佳い。

 ところで「キワダ」を「槐」だと称して売る不正商人がいる。「キワダ」と「槐」とはちょっと似ているから素人は騙されやすい。
 それから「杢目もの」の琵琶を買うときは注意を要する。大概のものは根杢であるから杢としても価値はないし、概して杢もので作った琵琶は音が良くない。柾か板柾が一番良い。

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