錦号者名簿

以下は琵琶新聞昭和15年5月号(第345号)椎橋松亭氏の「松亭慢録(二)」より抜粋、明治大正当時の帝国琵琶周辺の雰囲気がわかり大変興味深い文書です。

錦翁在世中に授与せし錦号の数
明治36年より初代吉水錦翁が錦の字の雅号を授与した数は僅かに合計105名に過ぎぬのであるがその中より幾多の名手を輩出している。

錦号名簿
明治36年1月28日附
肥後錦獅     肥後錦虎
小田錦豹     戸田錦蠎(おろち)
加藤錦鶴     伊藤錦雲
橋本錦亀     近藤錦鴬
小田錦蝶     堀田錦霞
丹波錦嶺     廣澤錦鴻
藤 錦蘭

同年6月12日
木村錦龍     門場錦鴛

同年8月10日
内田錦泉     山本錦園
高原錦谿     古川錦川
皆川錦鴦

同年11月14日
永田錦心(錦心流宗家)
岡村錦櫻     岡村錦柳

明治37年2月8日
内藤錦鵬

同年9月27日
牧野錦光(錦光流宗家)
加藤錦楓

明治38年1月13日
勝田錦邦     吉水錦梅(初代錦翁息女)

同年10月15日
浅井錦流     小澤錦峰
佐脇錦橋     高辻錦窓
野村錦湖

明治39年1月1日
大澤錦港

同年1月20日
小花錦桂     宮邊錦香

同年6月28日
鶴岡錦岳

明治40年1月10日
松代錦松     大塚錦山

同年2月11日
本多錦月

同年5月26日
本田錦煙     花房錦雁
長田錦岡?    清水錦花

同年10月20日
鎮西錦村     村田錦紅
平手錦舟     淺井錦羽
橋本錦舟     梅澤錦鮮
栗田錦鱗

同年12月29日
本多錦東

明治41年1月16日
吉田錦廬     猪山錦叟

同年4月1日
服部錦留     平岩錦聲
佐藤錦翠     高見錦秋
窪田錦春

同年4月18日
岩見錦浦

同年5月10日
秋月錦江     大石錦渓

同年6月18日
岡崎錦鳳     小林錦葉

同年12月20日
高橋錦鐵     青木錦操

明治42年3月20日
馬場錦鷗     清水錦蓉
内田錦城

同年6月11日
高木錦雄     近藤錦濤
大庭錦庭     中村錦河
淺木錦人     角谷錦汀
毛利錦雨     西村錦榮
中村錦扇     津田錦眞
余吾錦嘯     荒井錦鰐
遠藤錦星     芹澤錦芳
松山錦鵄     武藤錦荷
大村錦波     田中錦林
田中錦秀

同年7月26日
熊野錦海     芹澤錦秀
道明錦蹊     久住錦陵
岡部錦雪     松岡錦陽

同年11月12日
飯田錦楓     芝崎錦輝
福手錦洲     中村錦虹
森 錦浪     西村錦閃
小田原錦堂(元国尊流宗家、のちの二代目錦翁)

同年11月18日
水越錦鶏

同年12月24日
溝口錦紫     鈴木錦凌
以上

錦の字がないと巾のきかない当時であった。とにかく琵琶道に於ける雅号の元祖「錦」の字は帝国琵琶錦水会本部より帝国琵琶を習得したる者に限り授与すべきもので、他流から出すべき筋合いのものではない。然るに大正15年5月に永田錦心が、
(榎本芝水)錦意
(松田静水)錦鳳
(山口春水)錦堂
(福澤輝水)錦凌
(中澤静風)錦水
(秋本碧水)錦汀
(大舘州水)錦旗
(雨宮薫水)錦峰
(水藤玉水)錦穣
の九つを出してゐる。これは元より永田錦心の意思ではなかった。詳細は言わぬが花として略す。

訳者注*中澤静風師のみ大正10年6月既に錦水の号を授かったとの記録があります。

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