琵琶歌 六号潜水艇

本作は、訓練中に沈没した潜水艦の事故を扱った琵琶歌で、琵琶新聞社社員であった守田橋外氏が作歌、琵琶新聞15号誌上(明治43年6月)にて発表したものです。編者は筑前の松岡旭岡師の録音を所持しておりますが、薩摩琵琶でも弾じられた記録があります。

六号潜水艇  作 守田橋外
雲と涌き         山と崩るる千丈の
浪に眠れる海若も     潮に囁く鯨鯢も
鰭をおさめて今こそは   悲愴悲惨を極めたる
勇士の死をば諫めむめり

時は明治四十三年春四月  空花曇る十五日
第一潜水艇隊は      吉川司令の命により
呉軍港にほど近き     玖波湾頭の朝汐に
舳艪ふくみて七隻の    影は波間に浸しつつ
疾風驟而を駈る如く    縦横無碍の操練に
変幻自在の潜航を     試みつつもありけるが
最後の沈下を終わりし時  通風筒の故障にて
六号艇は只独り      己が僚艇に残されて
緑やよどむ海原の     十尋の底に入りしまま
浮かぶ瀬もなき運の末

この時佐久間艇長は    長谷川原山両中尉
其の他の部下を励まして  応急排水に努めしも
進入したる海水に     配電盤を冒されて
電灯遂に消えたれば    満艇忽ち真の闇
今は施す術もなし     さかまく怒濤狂乱の
二十重に連なるるそが中に 一挙巨艦を覆す
力はあれど隼の      翼は既に折られたり
はや是までと思いけん   佐久間大尉は一同に
最後の命を伝へつつ    司令塔下にと退きつ
心静かに沈没の      理由を認めその奥に
部下の遺族の行く末を   守り給へよこの世にて
思い残すはそれのみと   血を吐く思いの筆(文字)の跡
花も実もある猛夫の    心の中こそ床しけれ
斯かる中にも艇員は    燃ゆる電䌫の悪瓦斯に
むせびながらも艇長の   命を忘れず最後まで
身に負う務めつくせしも  呼吸迫りて程もなく
勇将猛卒血に咽び     恨みを呑んで玖波湾の
水漬かばねと消えにける

友を波間に失いし     僚艇六隻を始めとし
花に恨みの妻而や     初菱時而初雲に
四隻も是に前後して
波間波間に求むれど    沈みし艇の影もなし
あかねを染めし夕雲の   波に浸せる影を見て
それかと行けば夕千鳥   潮に咽びて泣くばかり
かくて母艦豊橋が     救いし時は程すぎて
かかる悲報を伝えけり   ああ壮烈悲惨なる
六号艇の我が勇士     怒濤を蹴って海原に
敵の巨艦を屠りたる    勲はなくも国の為
君の為にと尽くしける   そのま赤心は国民の
心に永く刻まれん     心に永く刻まれん

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