Category Archives: その他コラム

錦心流錦琵琶規則(昭和3年)

以下は戦前の錦心流機関誌「水聲」昭和3年新年号に掲載された錦琵琶の規則です。勿論現在は無効ですが当時の雰囲気、状況を知る資料として公開致します。 ※現代かなに直してあります。

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秋色を賞づ (昭和2年)

秋色を賞づ 琵琶界の天才児水藤玉水嬢最近のお写真です。幼時より永田錦心師について稽古をつみ、15歳にして早くも錦号を許され、総伝の栄誉を担いし文字通りの天才児。年齢ようやく十七歳の蕾の身を今では数多のお弟子を熱心に指導さ […]

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錦琵琶四十周年を迎えて (昭和42年)

錦琵琶四十周年記念を迎えて 錦琵琶宗家 水藤錦穣 今年の秋に、私の錦琵琶創成四十周年記念演奏会を開くことになります。誕生は私が恩師永田錦心の遺志を奉じて始めました、十六歳の時であります。 この道の、戦前の華やかさを想いま […]

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模倣と個性 水藤錦穣

以下は水藤錦穣師が昭和初期、錦心流の機関誌「水聲」に寄稿した文です、古い文ですが今なお重要なことと思いますのでここで取り上げたいと思います。藤波白林 模倣と個性 水藤錦穣 「模倣になってはいけない」「個性を発揮せよ」とは […]

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水藤錦穣の盲目景清

源平の合戦でその勇猛果敢さから悪七兵衞と謳われた平家方の武将藤原景清は、平家滅亡後の世を見かね自らの眼をえぐり盲目の流人となります。世捨て人となった父景清を訪ねる愛娘人丸(ひとまる)、景清は人丸にかつての武勇伝を語り始め […]

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水藤錦穣の本能寺

琵琶歌の本能寺は錦心流の代表曲、錦心流宗家の永田錦心師存命中から既に絶大な人気曲です。当時錦心流の女流として活躍していた錦穣(玉水)も多分に洩れず舞台で何度も演奏していました。当時錦心宗家ほか大勢の方の録音が存在しますが […]

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錦琵琶 技術資料その2 柱の話

今はすべて数字に置き換えられていますが発表当初、錦琵琶の柱の名称(寿と言った)は天神側から櫻、菊、梅、竹、松とすべて樹木の名前が付けられていました。最初の柱が櫻なのは永田錦心宗家の決めた櫻号にちなんでのことです。

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錦琵琶 技術資料その1 最初期の錦琵琶

錦琵琶は大正15年の春に薩摩琵琶錦心流宗家の永田錦心師が錦心流のための、ひいては新しい琵琶楽の可能性を標榜したところから端を発しています。それは今考えると不思議に思えるほど自然な薩摩琵琶の改造(改良)でした。 錦心師の発 […]

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水藤錦穣の片翼 新部櫻水

新部桜水[1919-1976]は、藤波桜華と共に宗家錦穣の内弟子として錦琵琶を内側から支えた錦琵琶奏者。高崎市出身、錦琵琶師範、皆伝、山号は錦操山、本名操(みさを)。第一回日本琵琶楽コンクール優勝者。 元は錦心流山口錦堂 […]

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錦琵琶の多柱化について

 来る西洋音楽への発展的対応の為に従来の薩摩琵琶を五柱にし、四の糸(最高音)の調子を二音階半上げたいというのは、錦心流宗家永田錦心の発案ですが、後年四の糸を複弦にし五弦化したのは水藤錦穣のアイディアでした。  また、更に […]

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