[最近琵琶発達史] 第九章 旭会の制定並びに現勢(2)

大阪斯界消長の記
 私は大阪における斯界の頭目を挙げたがもとよりそれだけではない。まず大阪旭会創立当時の教師は大橋、安田並びに西川旭楓の三師であったが、それより十年前、大阪に筑前琵琶を開拓した元祖は大橋、中村、達村夫人の三女史であったことはすでに書いた通りである。三女史が稽古することとなった前後に筑前から乗り込んだのが宝来保之助君と旭蓮夫人であった。

 日露戦争後、医師島村槌彦君(黙演のち旭山と称し大和琵琶を始めた)が良い弟子を輩出し、大橋女史の門人には片岡直輝夫人をはじめ地位名望ある人々が習い始めたので、筑前琵琶の名は大阪楽壇を風靡せんとする程の勢力となった。世話をする人には朝日新聞に松阪虎之助 (青渓)君あり、毎日新聞記者橋詰せみ郎君あり、また吉津度君もその一人であった。大北君の如きは吉津君の感化を受けて斯道に入ったそうである。

 達邑玉蘭君が作歌者として、はたまた後援者として貢献したことは特記に値する。明治四十年には旭翁送別演奏会を開き、豊田旭穣師母子が上京の途次(※1)であったので飛び入り出演ということもあった。
 四十二年には橋詰君の斡旋で九州福岡から名手を呼び寄せ大阪旭会最初の大会を催した。この演奏会が導火線となって大阪における筑前琵琶熱は一層高調を呈し、川崎、宮崎の両君が前後して来阪する安田君の再来を動機として宝来旭連、永井旭泉、水也田旭嶺、日高旭鶴の緒師が続々上阪した。当時大阪に在住して斯道の普及に従事した人には、まず男子側で安田、宮崎、前崎、鈴木、櫛谷、辻野、花田、山崎、田中、川崎、永井の緒師らで、女子側では達邑、大橋、西川に緒師であった。
 四十三年には島旭波嬢が隠然頭角を現して、大橋師が堺に出かけて開拓した。いの一番に門人になったのが青木旭園師であったという。

芸妓連琵琶大会
 四十五年、北新地や南地、新町の芸妓連が琵琶大会を開いたのは特筆に値するだろう、また、橘流から分かれて別派を起てたものに島崎君の大和琵琶と長坂香雪、中村翠湖の二者がある。今は大和琵琶の存在はそれほど振るわないが、四十三年関東地方の大水害に際しその義捐大会を続開*したが、翌四十四年大阪毎日は旭会と大単琵琶(※2)の対照番付を掲げたほどであるから、島崎君の勢威を追想すべきだろう。また大阪の一流新聞が斯界に注意を怠らなかったことも偲ばれる。この点において東京の新聞はすこぶる冷淡であると言えよう。
 琵琶評論子は明治四十四年前後に西川、島、宮崎、山崎、花田、津山、永井、柴田、大橋緒師の氏名をを列記しているがそれは省略する。ただ、以上の緒師が中心勢力であったと言っておく。
*編者註) 連続開催したと思われる

※1)途次(とじ) あるところへ向かう途中、道すがら
※2)大単琵琶 詳細不明

日刊紙の檄文
 超えて大正三年、報知新聞関西版と大阪日報は、斯界の堕落したことを痛撃した。往年東京、毎日(新聞)が東都(東京)における斯界に毒筆を向けたのと同様**、男女間の醜行、それに附随して各自の勢力争いから生じる暗闘、教師間の嫉視猜疑(※3.4)等、斯道の勃興に弊害と並べ立てたのは言うまでもない。この状態を見るに忍びないとみた大阪毎日(新聞)に「十年の昔に返さばや***」と題した一文を載せたのが斯道の紹介者橋詰せみ郎君である。達邑玉蘭君もまた感懐を述べているが、この事あって以来大いに改善されたのであった。
 とにかく、非難を蒙った安田君が隠退してからもその研究会は山崎、花田、辻野、前崎、島の緒師と松井旭翠、赤野旭江、石上旭窓、菱田旭萍らが率いる別働隊である同声会と共に、依然旭会内における一大勢力としての勢いを失わなかった。
**編者註) 原文は「一般である、」
***編者註)「(堕落する前の)十年前に戻れ!」の意

※3)嫉視(しっし)妬み恨む気持ちで見ること
※4)猜疑(さいぎ)他人に疑いの念を抱くこと

 一方、安田君に次ぐ柴田君は同好会を組織した。研究会の別働隊の如く嫰会なるものを組織した。同好会は大橋師と柴田師の共同世帯であってすなわち中西旭葉、水野旭浪、中川旭房(以上大橋師門下)、小林旭陽、岡村旭旭声、松永旭弘、岩本旭霞、澤村英旭(以上柴田師門下)、それに島澤旭龍を加えて九師である。

 この研同二派の圏外にあって中立の姿である旭会幹部では西川、宝来のニ師であった。
 そのほか旭晃門下の岡部旭晁、旭楓門下の大石旭如、入江旭錦及び神吉旭明、難波旭香の緒師は純無所属という姿で局外中立を保っていた。この両派は表面何事もなかったようではあるが、裏面の嫉視反目暗闘こそすこぶる強烈で、それも安田、柴田の両党目が故人となってからやっと両派共に融和されたのである。以上をもって大阪における斯界の消長(※5)はほぼ窺えたと言えよう。

※5)消長(しょうちょう) ものごと盛衰の成り行き

第九章 旭会の制定並びに現勢(2)大阪斯界消長の記 おわり

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