Category Archives: その他コラム

水藤錦穣の盲目景清

源平の合戦でその勇猛果敢さから悪七兵衞と謳われた平家方の武将藤原景清は、平家滅亡後の世を見かね自らの眼をえぐり盲目の流人となります。世捨て人となった父景清を訪ねる愛娘人丸(ひとまる)、景清は人丸にかつての武勇伝を語り始め […]

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水藤錦穣の本能寺

琵琶歌の本能寺は錦心流の代表曲、錦心流宗家の永田錦心師存命中から既に絶大な人気曲です。当時錦心流の女流として活躍していた錦穣(玉水)も多分に洩れず舞台で何度も演奏していました。当時錦心宗家ほか大勢の方の録音が存在しますが […]

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錦琵琶 技術資料その2 柱の話

今はすべて数字に置き換えられていますが発表当初、錦琵琶の柱の名称(寿と言った)は天神側から櫻、菊、梅、竹、松とすべて樹木の名前が付けられていました。最初の柱が櫻なのは永田錦心宗家の決めた櫻号にちなんでのことです。

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錦琵琶 技術資料その1 最初期の錦琵琶

錦琵琶は大正15年の春に薩摩琵琶錦心流宗家の永田錦心師が錦心流のための、ひいては新しい琵琶楽の可能性を標榜したところから端を発しています。それは今考えると不思議に思えるほど自然な薩摩琵琶の改造(改良)でした。 錦心師の発 […]

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水藤錦穣の片翼 新部櫻水

新部桜水[1919-1976]は、藤波桜華と共に宗家錦穣の内弟子として錦琵琶を内側から支えた錦琵琶奏者。高崎市出身、錦琵琶師範、皆伝、山号は錦操山、本名操(みさを)。第一回日本琵琶楽コンクール優勝者。 元は錦心流山口錦堂 […]

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錦琵琶の多柱化について

 来る西洋音楽への発展的対応の為に従来の薩摩琵琶を五柱にし、四の糸(最高音)の調子を二音階半上げたいというのは、錦心流宗家永田錦心の発案ですが、後年四の糸を複弦にし五弦化したのは水藤錦穣のアイディアでした。  また、更に […]

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交響曲 日本の城 [1968]

錦穣先生が”自分がオーケストラの仕事をした”、と家庭に入り子育て奮闘中の藤波に伝えたことがありました。それがこの曲、小川寛興作曲の交響曲 [日本の城]です。明治100年を記念して製作された本作の作 […]

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水藤錦穣の芸風 その一

水藤錦穣は、芸好きの父と長兄の影響を受け、幼少より琵琶の手ほどきを受けるのですが、その最初は近所の髪結いの娘さんから習う常磐津でした。錦琵琶は硬派な薩摩琵琶、流麗な錦心流琵琶のみならず広い芸能ジャンルから技法や表現法を取 […]

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作詞家 牛沢襄二

牛沢襄二はしぐれ曽我やうつぼ猿など、後に名曲と呼ばれる題材を錦琵琶に提供した作詞家です。本業は海運業。

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宗家錦穣の実兄 中村櫻統

中村櫻統[1903-1960] は、宗家水藤錦穣の八歳年上の実兄です。本名清一、父親の影響で幼少時より語り芸、浪曲講談、新内、清元、常磐津等を広く嗜み、商業高校在学中に聞いた錦心流村谷谿水師の捨兒に感動し、即刻入門。禹水 […]

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